February 2012
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音が
しっかりした質量を持って耳に入るようになってきた。
こういう時は、いい具合に感受性が尖ってきている証拠。
刃物のように、薄く、紡いで。
よう
また会ったな。頼りにしてるぜ、俺だけの孤独。
やっぱり今でも
子供はディズニーランドに憧れを持つのか?
マイケルジャクソンが死んでしまったように、スティーブ・ジョブズが死んでしまったように、そろそろミッキーマウスも死んでしまうんじゃないかという気が強くする。
それは否定的な意味合いでも、肯定的な意味合いでもないけれど、なんとなく、マイケルも、スティーブも、ディズニーも、どこか20世紀的なんだよなぁ。
良い文章とは、誰も思わなかったものを書くことではない。誰もが思いながら言葉に出来なかったものを書くことである
– 深呼吸する言葉・きつかわゆきお (via hirotamaki)
おーいぇー
気流の鳴る音(再編 -世界の始まり、あるいは終わり-)
世界の広さは、それぞれの生き物が持つ知覚・知能の限界と等号で結ばれている。匂いで世界を把握する犬。音で構造を知るコウモリ。熱で獲物を捉える蛇。それぞれの知覚能力の限界が即ち世界の広さであり、それぞれの世界はそれぞれの知覚能力の特性に即し姿を変える。俺は俺の五感をもってしても自身の細胞が被曝していることを知覚できないがしかし、今も空から放射性物質が降り注いでいることを、人類がこれまで蓄積してきた巨大な知性の結晶(それは例えば結果としてガイガーカウンターやテレビジョンの様な姿をしている)の力を借りて、知る事ができる(ただし、放射線は私の前に、実態の失われた「数字」という姿、あるいは結果としての病や死という姿でしか現れない)。宇宙の果てが「無」だとされるのは、即ち人類の知性がそこへ未到達である事を意味するが、およそ120...
自分の感受性ぐらい(反復 -自分の感受性ぐらい-)
カーテン越しに揺れる洗濯物から音楽を掬い上げる奴がいれば、水面に投げられた石から拡がる無数の輪に色彩的な美しさを拾う奴がいて、よく回る独楽に張り詰めた静寂を見つける奴もいれば、甘酸っぱいみかんに唇をすぼめたくなるような哀しみ味わう奴だっている。
だから、美しいのか。
だから、哀しいのか。
僕はここに正しい文脈を用意できていないが、地球に散りばめられた60億の感受性は、どれひとつとして、一般化された、通り一遍の、誰の目にも同じ、東から日が昇り西に沈む、一つの共通世界には生きていない。
今、地面に、君を中心とする円を描いてみて欲しい。
大きさや、色、精度、それを描く方法について僕はひとつも言及しない。けれどもおそらく、それぞれの手法で描かれた円はどれも一様に、君をその内側に閉じ込めているはずだ。
円が、君を、閉じ込める。
本当に?
君は、閉じ込められたのか?それとも君が、閉じ込めたのか?円は、...
嫌いなもの
空き缶の呑口に覗くぽっかりとした暗闇。
それは、闇と言うより虚無に近い。
まず、若いうちは年上の人たちからなめられます。
「こいつはたいしたことないだろう」という顔で、
つきあってくれる人が、多いものです。...
– ほぼ日刊イトイ新聞 - 目次 (via ishizue)
糸井重里は好きではないが、これには同意する。
そもそも
それが形のあるモノとして流通していた事自体に疑問を持たなくてはならない。
no reblog, no like.: 耳触りの良い言葉の裏側を説明しろ →
↑上記の投稿について。
普段は見向きもしない公衆便所の落書きに牙を剥く。理由:アルコールの摂取過多。結論:阿呆の戯言。注釈:マスメディアを敵とすることでしか成立し得ないパーソナルメディアへの嫌悪感(正確には、自ずから相対性の中で評価される事を良しとするアイデンティティへの疑問の投げかけ)。
分かったこと:メッセージ発信者の教養のなさと、それに同調する大衆の哀れさ。
敵を持ってしか成立し得ない言説は、声高ではあるがどこまでも空疎だ。それは、私がここに書く便所の落書きと同様に。
sakurasakuras:
...
January 2012
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